桃と羞恥心
「一番好きなフルーツは何ですか?」
こう聞かれたら私は迷わずこう答える。
「桃です」
一番好きな食べ物は、返答に困ってしまう。好きな食べ物が多すぎて選べない。
以前職場の人に好きな食べ物を聞かれたとき、考えるのが億劫で学生の頃に一番好きだった「唐揚げ」だと答えたら、その後事あるごとに唐揚げネタを振られるようになり、困ってしまった。
唐揚げは好きだけど、熱い情熱は持ち合わせていない。
好きな食べ物とは、私という人物にイコールで結びつく重要な質問であると理解した。
しかし、桃ネタであれば大歓迎である。
品種にはうといが、「○○で安くて美味しい桃が買える」「あそこのカフェの桃を使ったスイーツが絶品」といった情報は嬉しい。
社会人1年目のときには、桃ばかり買いすぎて破綻しそうになったほどだし、桃を使ったスイーツがあるカフェ巡りもよくしていた。
むしろ知りたい。
そういえば、学生の頃好きだった人と一度だけ、一緒に桃のパフェを食べに行ったことがある。
ドキドキのデート、というわけではなく、大学を卒業してお互い社会人になったある日のことだった。
学生の頃の私の淡い恋心は実ることはなく、代わりに、警戒心強めの彼の、女友達枠に晴れて昇格した。
私の努力は違う形で実を結んだのである。
何を隠そう、私も警戒心強めの臆病者だ。
恋心が消滅して数年後のこの結果に後悔はない。(恋に恋していただけじゃないのか、というツッコミは受け付けません)
お互い甘いもの好きということもあり、桃のパフェの話から一緒に出かけることになった。いつものように他のメンバーにも声をかけようと思っていると、彼から2人で行こうと提案が。
…え、2人で?
衝撃である。
それもそのはず。
学生の頃は、人と2人になるのが苦手だという理由で、友人と一緒にしか会ってもらえなかったのだから。
臆病な超ツンデレ猫を手懐けたような、妙な感動を覚えた。
猫、飼ったことないけど。
そんなことより、問題はこちら側にある。
― 私も、2人は苦手ですねん。
相手は昔好きだった人。会うのは1年ぶりくらい。2人で会うのは初めて。
緊張しかしない。え、吐きそうなんだけど。
そんな心理状況の中でも、時は止まらない。
あっという間に約束の日にちにがきてしまった。
待ちあわせして、お目当てのお店に到着。
女性好みの可愛らしいカフェである。
小さなお店で、席と席の間隔が近い。仮に4人グループで行っても、机の位置を変えなくても問題なく会話できちゃうくらいに近い。
お隣は当時の私たちより少し年上の女性2人組が座っていた。
学生の頃片思いしていた相手と、向かいあって座っている状況がなんとも不思議で、「傍から見たら恋人に見えるのかしら」「いや、このぎこちない距離感は付き合う前のデートっぽい雰囲気に見えるはず」などと意味のないことを考える。
人生、何が起こるかわからない。
学生の頃の自分に伝えたい。
望んだ形かはわからないが、とりあえず、2人でデートという夢は叶うぞ、と。
正直、緊張しすぎて何を話したか覚えていないが、一つだけはっきりと覚えていることがある。念願のまるまる1個の桃がどーんとのった魅惑のパフェをほうばりながら、私は桃の皮をむく難しさを語っていた。
それは、ほぼ同時のことだった。
私
「桃って美味しいよね!でも桃の皮ってむくの難しいんだよね~」
隣の女性
「桃って可愛いし美味しいし。皮も簡単にむけるしいいよね~」
ふたつのテーブルの、4人の人間が凍りついたあの一瞬を、多分私は一生忘れないと思う。