臆病者と型抜きクッキー
クッキー型の専門店が京都にあると知り、数年前に訪ねたことがある。
「sacsac/COOKIE CUTTER MUSEUM」という名前なのだが、お店の名前が「サクサク」であることに気がつくまでに時間がかかった。外国のお洒落な単語かと構えていたら、遊び心という粋なお洒落さであって、そのことに気がついたとき、ダサい凡人の私はそのハイセンスな感性に痺れた。
気づけたことが嬉しくて夫に得意げに話したけれど、夫の感情はさざ波さえ起こさず、その冷静さはすぐに私の目を覚まさせた。
気がつかない方がどうかしている。
さて、「いったいどんな型があるのだろう」「どんな型を購入しよう」と、それはもう大層ワクワクしながら訪ねたわけだが、辿り着いたときには、なんとお店は閉まっていた。型の種類の下調べばかりに力を注ぎ、重要な営業時間を調べていなかった。
さっさと向かえばいいものを、久しぶりの京都に浮かれ、ちんたら歩きながら寄り道をしまくった結果である。この時ほど己の計画性の無さを悔やんだことはない。
が、そのお洒落な空間に足を踏み入れなくてもよくなったと、ホッとしている臆病な自分もいたのだった……。
クッキー型を買おうと京都まで行ったことがあっても、型抜きクッキーを頻繫に作るわけではない。生地を均等な厚みに伸ばすことができないため、どちらかというと苦手である。
不器用な私のお気に入りクッキーレシピは、なんとも素敵な暮らしをYouTubeで発信されているChokiさんという方のチョコチップクッキーだ。アイスディッシャーですくうだけでお洒落なクッキーが完成する。何より味も最高に美味しい。
それを瓶に入れてストックすれば、気分はもう、森の可愛い一軒家に暮らす可愛いお嬢さんである。(?)
スプーン代用の我が家では、本家よりロックでクールなゴツゴツ巨大クッキーが出来上がるし、そのゴツゴツさはときに口内を暴れまわり負傷しかけるが、瓶に入れてしまえば全てまるく収まる。
瓶の魔法である。
魔法といえば、クッキー型にも人をときめかせる魔法がかかっている気がする。
可愛いのである。
見た目はもちろんだが、音も可愛い。
ステンレス製だろうとプラスチック製だろうと、型と型同士がカシャカシャと響かせる音を聴くと、おもちゃ箱をのぞき込む子供のように、思わずにんまりしてしまうのだった。
久しぶりに我が家に眠っていたおもちゃ箱を見つけて、クッキーをつくることにした。
焼きあがったものをオーブンから取り出したら、プレーン味しか作っていないはずのに、ココア味のものまであるではないか。一時的な記憶喪失かと、一瞬不安になった。
見た目はココア。中身はプレーン。その名は、焼きすぎたクッキー☆
もう随分長い付き合いになるが、私は未だにオーブンちゃんのことがわからない。
わからないけれど、存外香ばしくて美味しかったから、オーブンちゃんの優しさとして受け取っておこうと思う。