臆病者、夢を叶える
私には夢があった。
それは「自宅で仕事がしたい」という夢である。
以前から“できたらいいのになあ”と思ってはいたけれど、“私には無理だよなあ”とどこかで諦めていた。にもかかわらず、特別な意気込みもないまま、なんとなくタイミングが合って、気がつけば自宅にいながら働くという環境を手に入れていた。
夢が叶ったわけである。
しかし私は幸せにはなれなかった。
朝がくることが怖くなって、毎日眠りにつく前に静かに泣いた。
「大丈夫」を呪文のように繰り返し、業務が終了するとホッとして、その一秒後には不安が押し寄せる。
大丈夫、大丈夫。
不安。
大丈夫、大丈夫。
それでも不安…。
脳内で繰り返されるこのやりとりに消耗し、すっかり元気がなくなってしまった。
あと何回「大丈夫」を繰り返せば、私は大丈夫になるのだろう。
考えすぎない、強い自分になれるのだろう。
何百回、何千回と「大丈夫」を繰り返しても強い自分に進化できないまま、仕事の時間はやってくる。
そこで私は、エナジーワードを片っ端からかき集めはじめた。仕事以外の時間は常にエナジーワードに触れ続ける日々。エナジーワードで心を武装しておかないと崩れてしまいそうだった。
通勤時間がなくなり時間の余裕ができたはずなのに、気がつけば在宅で仕事を始めてからの方が時間がないというミラクル。どれだけ武装しても不安が消えないため、時間がいくらあっても足りないのである。
そのかき集めたエナジーワードの一つに、ひすいこたろうさんのYouTube名言セラピーがあった。優しい口調の「本当はどうしたい?」という言葉を聞いたとき、「もう自分に大丈夫、大丈夫って言い聞かせながら、騙し騙し生きていくのはいやだ」と思ったのをきっかけに「すごい運の育て方」という本を衝動買いしていた。
自分の思い込みと向き合い、コツコツと設定し直す日々である。
今まで「強くなろう」と頑張ってきたわけだけれど、それはつまり「弱い自分のままではだめだ」と思っているということ。
弱い自分のままでは幸せになれないのだろうか。
弱い自分のままでは何もできないのだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
これまでの人生を振り返ってみると、案外そうでもないのかもしれない。
きっと、弱いままでも、臆病なままでも、毎日を楽しく生きていける。
いや、生きていっていいのである。
ということは、苦手なことを克服しなくても問題はないということではないだろうか。
せっかく叶えた夢だが、手放すことにした。
私は、在宅コールセンターの仕事を辞めた。
だって私は、電話が何よりも苦手なのだから。